悩みからの私的脱出法
仕事上のMLで、小さい頃に病弱だった人が多い、というメールが交わされていた。
そういえば!と、昔々、40年も前のことを思い出した。
あまり信じてもらえないけれど・・・
小学校二年生になるまでの私は、超・病弱ないじめられっこだったんだ。
二年生にあがる春休みに親の都合で引越しし、熱の要因だった扁桃腺を切除。
新しい学校での初登校日にインパクトのある出来事があって、そこから病弱もいじめられっこの名も返上してしまった。
二年生から通った小学校の友人たちとはまだ付き合いがあるけれど、私が病弱いじめられっこだったなんて思いもしてないだろうなぁ。当の本人でさえ、そんな過去の自分を思い出しもしていなかったし。考えてみたら、不思議だ。
と、これは余談でした。
さてさて、昨日は簡単に言っちゃったけど、
昔は、こんな私だって「抜け出られない悩み」に陥ったことが幾度もある。
残念ながら、飲食や享楽的なことで気が晴れるタイプではない。
そんなとき、どうしていたかを思い出してみた。
まず、私が逃げる口実に使うであろうことをすべて済ませる。
たとえば、洗濯・掃除だったり、買い物、仕事、誰かへの連絡とか。
済ませられるものは済ませ、私自身が他に気をまわせないようにする。
状況が整ったら、PCの前に座り、おもむろにテキスト・エディタを開く。
心に浮かぶこと、気持ち、叫び、言いわけ、思い、文句、泣き言、怒り、哀しみ、
文章、箇条書き、単語の羅列、なんでもいいから片っ端から打ち込んでいく。
もう、これ以上何も出てこない!というまで、文脈、誤字、脱字も無視して打つ。
ただひたすらテキスト・エディタに思いをぶつける。
口で誰かに伝えようとすると、いえないことや、隠す部分が出てくるけれど
あくまでも自分自身の思いの開放のためだから、本心がずらずら出てくる。
いいこぶってた昨日が笑えるほど、自分が見えてくる。
そうするとね、自分が何をどう感じていたのか、
なにが苦しかったのか、ほんとのところどうしたいのか、
そういうことがきちんと整理されてくる。
心の中のもやもやがすこしずつ晴れていく。
PCが苦手だったら、ノートに鉛筆だってかまわない。
心の中から何も出てこなくなったら、
思いをぶつけた、そのノートやテキスト・ファイルを読んでみる。
いたいけで、アホのようなかわいい自分がそこにいることを見つける。
痛くって、かわいそうで、思わず抱きしめたくなっちゃうよ。
そんなふうに感じられたら、もう、底辺は脱した証拠。
それを作る前よりずっと楽になっているはず。
今度何かあったら、試してみてね。
No comments yet. You should be kind and add one!
The comments are closed.