終わりの感謝
今週は予定が詰まっていたため、毎夜外食。
夜毎、深夜零時あたりは首都高速湾岸線を走っている。
とはいえ、さすがに睡眠不足気味、気を抜いたりしたら寝てしまいそう。
そんな状態でも、やりたいこと&会いたいひと、の、どちらかが目の前にあれば身体は元気に動くんだから、不思議。こころはエネルギーの源ということだね。
先日、友人と話しているときに「終わりの感謝」という話題があがった。
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自分が何か大事なものを手放そうとするとき。
会社やグループを去るとき。
誰かと別れるとき。
引っ越すとき。
どんな相手、場所、事象にも感謝をもって終わりを迎える。
若い頃は、これがなかなか理解できなかった。
腹立たしいものは腹立たしいし、感謝するなんてとんでもない!・・・と考えていたことも一度や二度じゃないと思う。
でもね、過ぎた日々を振り返ると、どんなことにも感謝できることが含まれているという事実が見えてくる。たとえ当時の私が、誰かからそんなことを言われても、理解できなかったと思うけれど、ほんとなんだよ。
なんかさー、最近つくづく思うんだ。
大人になる、年を重ねるってことは、物事の本質が少しずつクリアになっていくってことなんだ。
昔、大人からいろいろ意見され、耳に痛いこともいわれたことを思い出す。
うるさいなんて思ってたけれど、みんな、若い私たちのことを心配していたからこその意見だったわけ。
そういうことが判るようになる今の年齢、やっぱり悪くないな。
ひとつ理解が深まるたび、生きていることがまたひとつ楽しくなる。
生きていくことは楽じゃない。
でも、だからこそ、美しく、楽しい。
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