自分にむかってまっすぐに。「LOVE & HUG」

#222 *SPICE OF LIFE*「無表情な私がいた」

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こんにちは、由歌利です。

去年の今頃、すでに寒かったけれど

今年はTシャツ+短パンの部屋着に逆戻り。

年末調整の書類を手にしても

年の瀬気分に程遠く。

地球の変化を嫌でも感じる那覇の午後。

それでも、今日はいい一日。

 

 

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 ☆・:+:。+・。

 

 

一昨日、夕方の飛行機だったので

従姉のねえさんと

蕎麦屋で昼から一献傾けた。

あれやこれやの話をしながら、

ふと、気難しい若い女の子の話になった。

ねえさんが笑顔でポツリと言った。

「誰かさんにそっくりw」

そう、そうだよ。

昔の私にそっくりなんだ。

ということで、今日は、

かわいくなかった私を皮切りに話をするね。

 

 

 ☆・:+:。+・。

 

 

 

あの頃の私。

10代から30代前半まで、

結局のところ、誰にも

胸の深いところにある不安や悲しみ、

辛さについて話したことはなかった。

自分のうちに抱える漠とした寂寥感や

暗くて重い色彩をした感覚を

的確にひとに伝える言葉を持たなかったし、

持っていたとしても、はたしてそれを

話していいのかどうかさえも

わからなかった。

こんな思いを抱えているなんてことが

他人に理解されるのか、

世界に取り残された一人のような、

そんな気持ちでいたのかもしれない。

 

 

幼馴染や、そのときどき、

一番近くにいた相手に、

脈絡なく、断片的な苦しみは伝えていた。

でも、彼らに時系列で語れた唯一のことは、

済んでしまった、美しい、

悲しみの場面だけだった。

現在進行形、未完了の苦しみや悩みは胸の奥。

そんなことを抱えているなんて

おくびにもださなかった。

 

 

 ☆・:+:。+・。

 

 

あの頃「不良」と呼ばれた暴走族や

非行に走る同世代の若者を見て、

形はひねくれているけれど、

なんと自由で暇なのだろうかと思っていた。

長じて少し過去を整理して

話ができるようになった頃、

「非行に走ってもおかしくないのに、

なぜそうならなかったのか」について

複数の人に問われたことがある。

私の答えはいつも同じ。

「そんな暇はなかったし、

私がちゃんとしていなければ

家庭が崩れてしまったから」

 

 

私の苦悩の中心は両親だった。

家族ってなに?

小さな頃からずっと考えてきた。

高度成長期から安定成長期、

世間一般、巷や本、

TVで知る情報としては

両親は子を愛し育む存在で、

逆もまた然りだと。

ところが、我が家においては

これが真実であるとする環境がなかった。

今振り返ってみれば、

亡母が自己中心的に私を愛していたことも、

最後まで他人を愛することが出来なかった亡父のことも

戦中に生まれ、愛情や笑顔に乏しい

そんな環境で育った故と理解できる。

 

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 ☆・:+:。+・。

 

 

で、私はといえば、

とびきり外面のいい、

でも、血縁者に向かっては

悪さも歯向かうこともないけれど、

感情を表さない、無表情な娘に育った。

笑わなかったなぁ、ほんとに(苦笑)

揚げ足をすくわれて、

八当たられることを避けるため、

自分に災いが降りかからぬよう、

全身に鎧をまとっていた。

 

 

ほんと、面白みのない、

つまんないコだったね。

そんな私を見ていたオトナたちは

ほとんどあの世に引越してしまったけれど

申し訳なかった感が今更、満載。

 

 

こういう多感な時期を過ごし、

私には、知らず知らずのうちに

強力な「我慢癖」が備わった。

たとえば、

自分にとって不利益な噂が流れたり、

コトが起こっても、

言い訳はほとんどしない。

ただ、時が過ぎるのを待っている。

それで去っていく人はそれでよし。

人の噂も75日、

人生なんてそういうものだと決めていた。

 

 

 ☆・:+:。+・。

 

 

でもね、そうじゃないんだよね。

もうずいぶん前だけれど、

周囲を大幅に巻き込んでいたひとのことで、

とてもいやなことがあった。

相手は周囲をかき回し続けたけど

私自身がその相手と「決別」することで

一方的に幕引きをした。

 

 

その後、私は何も語らない、

文字通りの貝になった。

それがどれほど

周囲の優しい人たちを心配させていたか、

しばらくしてから

前述のねえさんを通して知ることになる。

自分の正義や感情がどうであれ、

大切だと思う相手には、

ちゃんと説明しなければ、

とても寂しい気持ちにさせてしまう。

相手の存在を無にしてしまうこと。

言い訳でもなんでもいい、

本人から話をすることが大切なのだと、

そのとき、ようやく理解した。

 

 

怒りや、喜び、失敗したことも

痛み、苦しみ、せつなさも、

嬉しいことも、なんでもね、

一緒に暮らしている相手は当然、

その外にいる近しい大切なひととも

シェアをする。

忙しいだろうから、

大事なことだけ、ポイントだけ、

ってことじゃ足らないんだ。

どうでもいい些細な積み重ねが

なにより強固な関係性を構築するんだね。

 

 

私生活、というか、

ココロを閉ざし続けた

若い頃の私が寂しかったのは、

愛を信じられなかったのは、

実は、この些細な積み重ねが

できなかったからだろうと思うんだ。

強烈な両親や親戚たちのせいじゃない。

なにもかもを見ないように、

見せないように、

そうしてきたのは私だった。

人の相談ごとにはよくのってきたし、

解決もたっくさんした。

でもね、幾人かに言われたんだ。

「由歌利は、誰に相談するの?」

答えられなかった。

そういう相手は存在しなかったから。

不器用な私だったな、ほんと。

 

 

 ☆・:+:。+・。

 

 

 

美味しい日本酒を飲みながら

何年かに一度ずつ、

大切なところで私を救ってくれる

ねえさんの存在に感謝した午後。

「ひとは持ちつ持たれつよ」

ねえさんの笑顔がそう言っていた。

 

 

今の私を見て、

こんな時期があったなんて

想像できないひとも多いだろうね。

ひとは、気づくたびに

薄皮を脱いでいく。

目の前を覆っていた

霧が晴れていくんだよ。

いま周囲にいる偏屈なアノコも

頑固な自分も、

きっと変わる瞬間が来るんだよ。

 

LOVE & HUG:-)**

 

次回配信は11/30(月)午後15時頃です。

今後、午後発行が多くなる予想。

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