自分にむかってまっすぐに。「LOVE & HUG」

玄人の仕事

「自宅はもとよりどこか靴を脱ぐ場所に伺った時は、靴を揃えるもんだよ」。

というのは当たり前の話。よくお小言を言われました。

いちおうの作法を解説するね。

まずは、つま先が上がり口向きのまま(入船)靴を脱いで上がり、
それから、かがんで脱いだ靴のつま先を戸口向き(出船)にし、
玄関の真ん中を避けて揃えてあがる。

私もよくやるけれど、後ろを向いて靴を揃えたまま脱ぐのは、ホントのところ
失礼なんだ(笑)。お邪魔する相手方にお尻を向けることになるからなのね。

ところで。
靴を揃えちゃいけない場所があることを知っている?

ずいぶん数が減ったけれど、下足番がいるお店や旅館。
経費削減で、仲居さんやお店の人が兼任でやるようになって久しいけれど
この下足番がいる店で靴を揃えるのは、無粋きわまりなしのNG。

ただ、下足番の方に靴をお任せする時は「ありがとうございます」とか
「お願いします」くらいは言ってね。
この一言があると、人間として素敵でしょ。

下足番は、お客さんに最初に接触し、最後に送り出す重要な役。
店先に打水をし、ごみは真っ先に拾う。
お客さんの状態を肌で感じ、緊張しているならリラックスさせ、
疲れているなら厨房に知らせてお膳(料理)の具合を整える。

店の顔でもあり、客からのチップも多く、
プロフェッショナルしかなれない高給専門職だったの。

幼少の頃、伯母が営む割烹旅館で育った私。
意味はよくわからなかったけれど、女中さんたちが馴染み客の靴の状態を見て、羽振り(金・力の勢い)がいいとか、そろそろ危ないなんて話をしていた記憶がある。靴はその人の状態を見る重要な鍵であり、顔色、身なり、玄関先で交わされる二言三言でほぼ間違いなく相手の状態を把握していた。

こわい話。ほんの数十秒の動作ですべてを見透かされてしまう。

今から考えると、当時の客商売というのは「人を見る目」を持っている、というのが当たり前だったんだね。それがなければ、商売はうまくいかない。すべての商いは、必ず「人」が相手だもの。

客もおちおちだらしない恰好で出かけられないけど、仕事でも遊びでも、身なりは整えて出かけていくのが筋といえば筋だな。大事なプレゼンや、デートに行く時、おめかしするのも一緒だもんね。

そういえば、伯母の旅館で呼ぶ芸者さんたちも、カッコよかったな。
到着すると必ず帳場に顔を出して「おかあさん、よろしくお願いいたしますね」と挨拶をしてから客の待つお座敷に上がっていった。玄人としての矜持を持ってお座敷=職場に臨む、その宣言みたいなもんだったのかなー。

そのころ小学一年生だった私は、置屋(おきや:芸者さんたちが所属している事務所)の一人娘チャコちゃんと仲良しだったので、置屋でよく遊んでいた。おねえさんたちが着物に袖を通し、襟を抜くその瞬間、顔つきが変わるんだ。子ども心に不思議だった。

今は昔、昔々の話だねぇ!


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