自分を表現するツール
先日、JOYWOWの前座Aに「着るもの、変えてみたら?」と言ってみた。
前座Aの選ぶ服が悪いわけじゃない。でも、もっと似合う服があると思ったからなんだけれど。
前座Aの答弁。
「いや、まだですね。私は恋をすると仕事がおろそかになるので、今はいいです。もうちょっと先ですね」。
・・・姐さん、がっかりである。
違うよぉー、ぜんぜん違うぞ!!明後日の回答をするな!
着るものは、異性にもてるために選ぶものじゃないんだってば。
前座Aは見どころのあるいいヤツだけれど、勘違いの振れ幅が大きい項目をいくつか持っているんだな。これもまた愛すべきところだけれど。
どんな仕事をしていても、していなくても、ましてやコンサルタントと名のつく職業であるなら、服は自分のために選ぶもの。
いいもの、高価なものを選べと言っているんじゃない。
たとえば、Tシャツとワークパンツが、自分を表現する最適のものであるなら、
それはそれで花丸なんだ。
どこかで自分の装いに自信がないのに、
「これでいいです」という姿勢がNGなのよ。
自分の外見を整えるのは、相手に対する敬意の表現。
そして、自分が心地よい状態で、自分の表現したいことを余すところなく、自信を持って伝えるための勝負ツールなんだ。
部屋着やボロボロの服でコンビニに出かけて、
大切なクライアントや好意を持っている異性(なんか、表現旧い:笑?)に
ばったり会っちゃったらどう感じる?しどろもどろになっちゃうし、
その場を逃げ出したくなるんじゃないかなぁ。
単純に、髪型が変だったり、似合わないと思う服を着ていると、
誰にも会わず、早く早く、一刻でも早く家に帰りたくなるのも一緒だね。
清潔であること、似合うものを着ていること。
自分自身にOKを出せる外見であるということ。
これって、人と会って話をする時に、すごく大切なんだよ。
100%どころか、自分の思っていることを200%の力で相手に伝えることが
できるための大きな要素なんだ。
私だって、年中勝負服を着ているわけじゃない。
普段、来客がない時や、よく知っている人に会うというのなら
けっこうお気楽な格好でいるよ。それでも、鏡の中にいる自分に「これなら許容範囲!」と思えるものを選んでいる。
たまに着るものが決められない時(たまにある)は、時間と競争しながら
うわぁ~~~っ!!とパニックになってるけど(笑)
「装う」ということをね、楽しんでほしいんだ。
慣れていない場合、自分だけで服を選ぶと「おなじみの色・形」しか選べない。
冒険は怖いし、目が慣れていないから鏡の中の自分が異質に感じるのね。
でもさ、ほんとはもっと似合うものがあるかもしれない。
もっと楽しく、前向きになれる服があるもかもしれない。
異性でも同性でも、今日出会う人が、素敵な人であったら嬉しいよね。
初めて会う人が、自分を生かせない格好をしてたら、ちょっとがっかり。
だったら、相手もきっと同じように思っているよ。
自分の外見を磨く。
誰のためでもない、自分のために。ね!
は~、いいたいこといってスッキリ~(笑)!
◆
上記には無関係だけど、この前、素敵な若者が出してくれた
カフェ・ラテのくまちゃん写真。癒しのために掲載しとく。
2 comments
由歌利様 こんにちは!名古屋から愛を込めて。
もう20年前ぐらいのプリンセス・プリンセスの歌に「♪好きな服を着てる~だ~け~ わ~るいことしてないよ~」をいうフレーズがあって、それがすっごい好きなんです(笑)。
私も、仕事も遊びも、やっぱり「高価な服」ではなく、「好きな服」。それが、会う人に対する私の「メッセージ」なんですよね。私がどんな人間で、どんなセンスをもっていて、どんな感覚をもっていて・・・って、経歴書を書くより多くを伝えられますよね。
そりゃあ、ジミー・チュウのパンプスを食い入るように見て店員さんに怪訝な顔をされたり、セリーヌのコートの値段の桁を間違えて大恥かいたりしますが(笑)・・・私は私の財布に合った、好きで似合う服をこれからも着て生きたい!
Norikoさん、コメントありがとう!
ダイヤモンド。
初めてNYに一人で行ったときに、街を歩きながら口ずさんでいた曲です。その時、「ここ(NY)に住もう!」って決めたような気がする。
そうね、財布にあった、好き&似合う服。それが一番!私、Tシャツ+タイパンで、ビーサンつっかけてるのもダイスキです。梅雨が過ぎれば大好きな夏だし!ビーサンの出番です。うれし~!!
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